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【経営ウォッチ】老舗・中川政七商店の新しい挑戦

2021年 8月16日
経営管理 人材育成

「蚊帳織りふきん」をはじめとした日本の工芸品をメインに取りそろえる中川政七商店。2016年に創業300周年を迎えた奈良の老舗です。

今回の経営ウォッチでは、初めて創業家以外からの社長を誕生させ、老舗でありながらも常に新しい挑戦を続ける中川政七商店の経営に迫ります。


奈良の老舗・創業家以外から初の社長誕生

中川政七商店の始まりは享保にまで遡ります。奈良晒づくりの黄金期であった享保元年(1716年)、初代である中村喜兵衛が奈良晒の商いを始めたのが、中川政七商店の長い歴史のスタートでした。

以降300年にわたり伝統工芸である昔ながらの手績み手織りの奈良晒を作り続けてきましたが、今日よく知られているブランドとしての「中川政七商店」は案外新しいもので、2010年に誕生しています。

この中川政七商店が2018年に発表した社長交代は、創業家以外からの初の社長誕生ということもあり、大変注目を浴びました。新社長に就任したのは、社長秘書や商品企画課課長、「遊 中川」ブランドマネージャー、ブランドマネジメント室室長を歴任してきた千石あや氏です。

「自分は経営者タイプではないから」とオファーを一度は断ったという千石氏が社長に就任した背景は、一体どのようなものだったのでしょうか?


トップダウンからチームワークへ

2008年に社長に就任した第13代中川政七氏(現会長)は、「日本の工芸を元気にする!」を合言葉にSPA業態(卸売りをせず、自社製品を自前の小売店で販売するスタイル)を推進し、2010年には社名を冠したブランド「中川政七商店」を発表するなど、15年間で売り上げを10倍以上にまで伸ばした辣腕の持ち主です。

強力なリーダーシップを発揮する中川氏が会社の経営を引っ張っていく、いわゆるトップダウン方式での経営が近年の中川政七商店の急成長を支えてきました。

そして、急成長の真っ只中である2017年、中川氏は「日本の工芸を元気にする!」というビジョンをより強く実現するべく「日本工芸産地協会」を立ち上げることを決定します。さらにその一方で、中川政七商店としては「奈良に注力する」ことを決めました。

そこで中川政七商店は、千石氏の社長就任を起点として「工芸は中川」が、「奈良は千石」がそれぞれ当たることを決定し、トップダウン方式からチームワーク方式へと舵を切ることにしました。これは、一人だけが引っ張るのではなく、個々の能力を上げること、そのチーム力でより大きく成長していくための転換だったのです。

ぶれないビジョンの大切さ

一度は社長就任を断ったという千石氏がオファーを受けたポイントは2つ。まずは求められている社長像が「カリスマ経営者」でなかったということ、もう一つは同社には「ぶれないビジョン」があったことだと言います。

この「ぶれないビジョン」とは、前社長中川氏が掲げた「日本の工芸を元気にする!」です。千石氏だけでなく、中川政七商店で働く全てのスタッフがこのビジョンに共鳴しているからこそ、全社一丸となってものづくりに真摯に取り組むことができているのだと千石氏は考えています。

「ぶれないビジョン」があればこそ、社長が変わっても良い意味で変わらない部分がある。そしてその変わらない根本があるからこそ、そのほかの部分が変化することを厭わず受け入れることができる。

この企業全体の姿勢があったから、千石氏は社長就任を受け入れ、また周りも創業家以外から就任する初の社長を受け入れられたのでしょう。

まとめ

何百年と続く老舗が、新しい経営者を創業家以外から迎えたり、新しいやり方を取り入れようとしたりすることはなかなか難しいものだということは想像に難くありません。

しかしながら、企業の大小や歴史の長さを問わない「ぶれないビジョン」があれば、そこに到達するための手段の一つとして新しいものを取り入れることは可能だということを、中川政七商店の社長交代がはっきりと示しています。

「ぶれないビジョンを持ち、新しいものを取り入れることを厭わない」、このことは中小企業でも大企業でも、歴史ある企業でも新しい企業でも、今日からすぐに意識することができる経営のポイントではないでしょうか。